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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)2214号 判決

原告 森田茂

被告 株式会社ヤマト地銅店

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し大阪市東成区南中本町一丁目一六番地ノ一、二、七三番地、一四九番地及び一五〇番地の換地予定指定地ブロツク番号八二符合八地積六十八坪三合の内五坪六合四勺三才(別紙≪省略≫(イ)(ロ)(チ)(ト)の各点を結ぶ線内)の土地上に存在する木造バラツク建平家倉庫兼作業所の建物を収去して、右土地の明渡をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「原告は、昭和二十五年十月八日被告に対し原告所有に係る大阪市東成区南中本町一丁目七十二番地の三宅地十六坪五合(その換地予定指定地ブロツク番号八二符合八の一地積十坪六合六勺、別紙図面(ト)(ニ)(ホ)(ヘ)の各点を結ぶ線内)を代金五万円で売り渡したところ、被告は、右換地予定地の南に隣接する請求趣旨記載の原告所有地の換地予定地の一部五坪六合四勺三才(別紙図面(イ)(ロ)(チ)(ト)の各点を結ぶ線内)をも同時に買い受けたものであると称して、右地上に跨り請求趣旨記載の建物を建築所有して右土地を不法に占拠し、原告の使用収益を妨害している。よつて、被告に対し上記建物中右地上に存する部分を収去してその敷地の明渡を求めるため本訴に及んだ。」

と述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

「被告が原告主張の本件土地(別紙図面(イ)(ロ)(チ)(ト)の各点を結ぶ線内)の上にその主張のような建物を建築所有している事実は認めるが、右土地は、原告主張の昭和二十五年十月八日の売買契約により被告が原告より買い受けたものであつて、原告の所有ではない。すなわち、被告は、大阪市東成区南中本町一丁目十六番地に営業所を有していたが、これを拡張する必要から、右営業所の南に隣接する原告所有の空地のうち、東西に帯状に存在していたコンクリート地行から北に一尺控えた線を境界とし、その以北の一劃の土地約十六坪(別紙図面(イ)(ハ)(ホ)(ヘ)の各点を結ぶ地域にほぼ該当する部分)を公簿上の地番や坪数とは関係なく現地を指示して買い受けることに原告との間で話合ができ、上記契約に及んだものであつて、本件土地は、右買受土地の一部に含まれている。従つて、被告に対し不法占拠を理由に右土地の明渡を求める原告の請求は、失当である。」

と述べた。〈立証省略〉

理由

原告主張の本件土地(別紙図面(イ)(ロ)(チ)(ト)の各点を結ぶ線内)の上に被告が原告主張のような建物を所有して右土地を占有する事実は、当事者間に争がない。

成立に争ない甲第一号証、証人樋口福松の証言、被告代表者田中芳一本人尋問の結果並びに検証の結果を綜合すれば、被告は大阪市東成区南中本町一丁目十六番地に営業所を有していたが、南隣の空地に営業所を増築するため社員樋口寅松を通じその所有者である原告と買受の交渉を進め、結局道路から運河に向い東西に帯状をなすコンクリート地行(家屋土台の残存部分)より一尺北寄りにこれと平行する線を境としてその以北の被告営業所との中間部分の空地約十六坪(別紙図面(イ)(ハ)(ホ)(ヘ)の各点を結ぶ地域にほぼ該当し、本件土地を包含する。)を代金五万円で買い受けることに話がまとまり、昭和二十五年十月八日それに基いて原被告に甲第一号証覚書を作成したこと、双方とも売買の目的である土地の範囲については、公簿上の地番坪数等に拘泥することなく、専ら現地に着目してその境界を前記のように協定したものであること、被告は右契約後間もなく営業所の南側に本件地上に跨り前記建物を増築したのであるが、昭和二十八年初頃までは原告よりなんら異議の申出もなかつたこと、前記覚書に記載の「十坪八合五勺」という坪数は、右書面作成の際原告申出のままに記入されたものであつて、事前に双方の間で実地測量したわけでもなく、右坪数を基準として代金を協定したのでもないことを認めることができる。原告本人の供述中右認定に反する部分は、信用できない。以上の事実からすると、原被告間において売買の対象とされた土地は、現地に即して確定した前記約十六坪の地域であつて、前記覚書記載の坪数の如きも実坪と無関係に右地域を一応表示する意味で記入されたにとどまるものと解するのが相当である。

ところで、公文書として成立を認め得る甲第六号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、当時東成区南中本町一丁目一帯の地域は特別都市計画法に基く土地区画整理を施行中であつて、上記売買契約において対象とされた現地というのは、実は原告所有の数筆の土地に対し同地区ブロツク番号七三符合八又はブロツク番号八二符合八として一括指定された換地予定地の一部であつて、そのことは原被告双方とも右契約の際当然知つていたものと認められる。しかして、土地の所有者は、換地予定地指定処分の法的効果として従前の土地の使用収益を禁止されるとともに右予定地に対しては従前の土地に対すると同一内容の使用収益の権能が付与されるにすぎないのであつて(特別都市計画法第十四条第一項)、換地予定地の上に直接所有権が認められるわけではないから、右予定地そのものを目的とする売買ということは、なり立ち得ない。ただ、従前の土地の上には換地処分が確定するまで観念的に依然所有権が存在するものと考えられ、かように換地予定地が指定された土地の売買においては、従前の土地に対する使用収益が停止されている関係上、それと同じ使用収益の客体となる右予定地があたかも売買の目的であるかの如く取り扱われ、その位置、地積等に着目して対価の決定や利用関係の協定なされるのが一般である。右の観点からすると、原被告間の前記契約も、法律的には換地予定地に表象される従前の土地の所有権を目的とする売買と目さるべきものである。もつとも、右契約で取り定めた予定地は一括指定された換地予定地の一部であるから、給付の目的たる土地(右予定地に表象された従前の土地)は、未だ地番、地積まで特定されたものとはいえないであろう。しかし、原告が被告に対し所有権を移転すべき一定の土地は、地積、等位その他の事情を合理的に考えて当該予定地を換地予定地として分割指定され、ひいては換地として交付されるにつき一応支障がないと認められるものであることを要するとともに、原告は、かかる土地を従前の土地のうちから選択特定して被告に対し所有権を移転すれば足りるものと解するを相当とする。けだし、被告は将来右予定地を所有地として永続的に支配できることを期待し、原告もまたそれを予定して右契約に及んだものであつて(原告が当初の約二年間被告の本件土地使用に対し異議を述べなかつた事実も、これを裏書する。)、観念的な所有権移転の目的たる従前の土地は、客観的に右期待に一応適合するものであることを要し、且つそれをもつて足りるというべきだからである。

原告が右契約の履行として、昭和二十六年二月十日その所有に係る大阪市東成区南中本町一丁目七十二番地の三宅地十六坪五合を分筆の上被告に対し所有権移転登記手続を了し、右土地に対してはブロツク番号八二符合八の一地積十坪八合五勺を換地予定地として上記約定予定地約十六坪のうちから分割指定する旨の処分があつた事実は、被告の明らかに争わないところであり、右分割指定された予定地の実測が別紙図面(ト)(ニ)(ホ)(ヘ)の各点を結ぶ線内の地域十坪六合六勺に該当すること、同図面(イ)(ロ)(チ)(ト)を結ぶ線内の本件土地実測五坪六合四勺六才がなお原告所有の同町一丁目十六番地の一、二、七十三番地百四十九番地及び百五十番地に対し一括指定された換地ブロツク番号八二符合八地積六十八坪三勺の地域内に存することは、前掲甲第六号証、証人松吉盛重の証言及び検証の結果を綜合して、これを認めるに足りる。しかしながら、さらに原告本人の供述及び本件弁論の全趣旨をも考え合わせると、原告は、被告に対する所有権のため前記七十二番地の三宅地十六坪五合を分筆するに当つて、あらかじめ土地区画整理を所管する大阪市計画部に対し右宅地に対して前記のような換地予定地の分割指定を申請し(指定処分変更の職権発動を求める趣旨)、上記分割指定は、一般の取扱例に従い右申請の内容通りに行われたにすぎない経緯を認められるのである。してみると、右宅地は、当初から約定予定地の一部についてしか分割指定を受けられないことが予見され、また実際にもその通りの結果をみたものであつて、これを前説示の契約の趣旨に照して考えると、原告は約定予定地の一部に該当する従前の土地を被告に譲渡しただけで、さらに本件係争地を含む残余の約定予定地に相応する従前の土地を選定して被告に対し所有権移転登記をなし、且つ右土地につき約定通り換地予定地指定処分が得られるよう協力すべき義務を怠つているものというべきである(もつとも、原告がさきに被告に譲渡した宅地につき被告に協力して換地予定地指定処分の再変更を申請し、約定全予定地の分割指定が得られたならば、契約の実質的目的にかんがみ、前給付の目的物に存した瑕疵が結局治癒追完されたこととなり、さらに従前の土地を追加移転する義務は免脱されるものと解してよい。)。

およそ、区画整理施行中の従前の土地の所有権は、換地処分の確定をみるまで内容はもとより存立さえなお未確定のものであることを免れず、換地予定地が指定された土地の売買は、もともとかように不安定な要素を内包する所有権を給付の目的とするものであるから、たとえ現在の右予定地に着目して契約した場合でも、売主は客観的に右予定地に対応すべき従前の土地を譲渡すれば足り、本件のように右予定地の分割を要する場合には、さらに買主のためその分割に一応協力した上でなおかつ当事者双方が所期した範囲の分割指定処分が受けられなかつたとしても、それをしも売主の債務不履行というに当らないであろう。しかしながら本件売買において原告は、本件土地を含む残余の約定予定地については、未だこれに相応する従前の土地の所有権を被告に移転する義務も、右予定地の分割指定がなされるよう協力する義務も果していないのであつて、右地域につき被告が物権的使用収益の権能(従前の土地の所有者として換地予定地の分割指定を受けることにより)を得られないのは、原告がその前提たる上記義務の履行を遅滞しているがためにほかならない。そうだとすれば、原告は、本件土地が依然原告所有地の換地予定地に指定され物権的使用収益の権能を一応保持しているからといつて、これに対する被告の使用収益を直ちに不法として排斥し得べきものではなく、上記義務を完全に履行し右土地に対する物権的使用収益の権能の範囲及び帰属が明確にされるまでは、一応当事者間で協定した範囲に従い、被告をして本件土地を含む残約定地域全部につき所有者と同様な使用収益させる契約上の債務を負担しているものと解するのが相当である。原告より本件土地を買受けた旨の被告の主張は、かような意味で結局その理由があるのであつて、被告は本件土地を契約上の権限に基き適法に使用するものというべきであるから、これを不法占拠としてその排除を求める原告の本訴請求は、失当としてこれを棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 橘喬)

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